、何処の人とも分らないので、羽織の始末に困っていらした所でしたわ。私が話をして謝ると、皆で放笑《ふきだ》してしまいました。お隣りの御主人も、やはり変な間違いをなすったことがあるんですって。」
「どんな?」
「あなたのより少したちが悪い、と御自分で云って、お話なすったのですが……。」
 そして彼女の語る所によれば、隣りの主人は、或る日細君と一緒に散歩に出て、細君が何か買物をするのを、ぶらぶら歩きながら待っていた。その買物がまた馬鹿に手間取って、待ってるのが焦れったくなり、初めは店の近くを歩いたり立止ったりしていたが、後には少し遠くまで歩き出し、苛ら苛らしていると、妻君はいつのまにか店から出て来たとみえ、素知らぬ顔で向うへすたすたやってゆくのが、後姿でそれと分った。で彼は少し向っ腹で、後から追付いてゆき、「何を愚図愚図してたんだ、」と小声で叱りつけ、人をさんざん待たせといて、一人で先に帰ってゆくってことがあるものかと、そんな風な泣言を並べながら、彼女が立止って振向いたのをちらっと見ると、それは一面識もないよその女だった。彼はすっかり狼狽しきって、丁度私と同じように、こそこそと逃げ出してしま
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