、みしりみしりと天井裏を誰かが歩くような、気味悪い遠い頭痛を感じてきた。私はもう何もかも忘れたい気になって、頭痛の音を数えていたが、いつのまにかぐったり疲れて、そのまま眠ってしまった。
翌朝、明け方に一寸眼を覚したが、宿酔めいた灰汁《あく》どい気持のうちに、凡てがもやもやと夢のように入乱れた。それからまたうとうとと眠った。
十時頃だったろう、私は妻から呼び起された。
「あなた、羽織を貰ってきましたよ。」
紺のお召の一重羽織を、彼女は笑いながら打振ってみせた。私はむっくり身を起した。
「行ってくれたのか。」
「ええ、行かなけりゃ仕方ないじゃありませんか。あなたが御自分でいらっしゃるわけにはゆかないし、女中をやるわけにもゆかないし、私より外に誰もないじゃありませんか。」
昨夜私が云った通りのことを、平気で自分から繰返してる彼女を、私は妙な気持で眺めてやった。
「行ってみると、案外やさしい気の置けない人達ですよ。そして、昨夜はお隣りの御主人も、やはり御友達と酒を飲んで遅くなられて、丁度留守中にあなたが飛び込んでゆかれたものですから、そりゃあ喫驚なすったそうですよ。見た人だというきりで
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