呆気にとられたような眼付をして、私の顔ばかりを見つめていた。私は極り悪さのてれ隠しに、後始末の方へ話を向けていった。
「明日になったら、お前行って、よく謝った上で、羽織を貰ってきてくれないか。」
 妻は暫く返辞もしなかったが、やがてとってつけたように答えた。
「いやですよ、そんな気の利かないお使なんか。」
「だって僕が行くのも何だか変だし、お千代をやるわけにもゆかないし、まあお前が行ってくれるのが、一番順当だろうじゃないか。」
 それでも妻は行くのを承知しなかった。自分で仕出来したことは自分で始末するのが当然だ、と彼女は主張した。お前の方が隣りの人達と顔馴染があるから、と私は云った。然し私は玄関まで挨拶に行ったきりだが、あなたは長火鉢の前に坐り込みまでなすったのだから、と彼女は云った。でもそれは酔った揚句の間違いだから、と私は云った。男って重宝なもので、何でも酒のせいにすればよいと思ってる、と彼女は云った。……そんな風に水掛論に終って、なかなかはてしがつかなかった。そのうち私は変に陰鬱になって、話を中途で切上げて、布団にもぐり込んでしまった。
 悪醒めのした酔が、また変に頭に上ってきて
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