ったそうである。
「あなたの御主人の方は家だからいいが、私の方は他人の細君だから、そりゃあ弱りましたよと、そう云って笑っていらしたわ。そして、これを御縁にちょいちょいお遊びに来て下さいって……。」
「そりゃ皮肉なのかい。」
「いいえ本気よ。」
「へえー。」
 だがその時、私は俄に元気づいて、勢よくはね起きたのだった。そして水をじゃあじゃあ頭に浴せると、愉快な晴々とした気持になった。
「おい、これから時々間違えて、二人で隣りへ押しかけてゆこうじゃないか。」
「何を仰言るのよ、すぐ図にのって。」
「それから、隣りでその外に何か云ってはしなかったかい。」
「いいえ別に……。」そして彼女は一寸考える風をした。「ただあなたと同じことを云っていらしたわ。二軒共余りよく似ていて、不思議なほど同じだって……。」
 不思議なほど同じ……そう私は心の中で繰返して、すーっと日が陰ったような、一寸怪しい心地がしてきた。こうしていても、私の家へだって、いつ間違えて他人が飛び込んで来ないとも限らない。私の妻が、いや殊によると私までが、いつ他人から人違いをされないとも限らない。もしそんなことになったら……。
 そし
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