の平凡な眼は、病気になってから、時折、見通し難い深さを示すことがありました。今も、保治はその深い底を判じかね、ただその底に一徹な熱いものだけを感じて、恐れる気持ちになりました。そして言いました。
「きっと咲かせるよ。咲いたら、その花を耕一君に捧げよう。」
 美代子は頷いてみせましたが、言葉には何も出しませんでした。
 然し、そういう約束も、果すことが出来なくなりました。保治に召集令状が来たのでした。
 秋の半ばで、まだ紅葉には早く、藤の葉も青々としていました。だが、戦局は日増しに不利で、戦線は次第に本土近くへ押し返されて、心ある者には既に敗色が感ぜられていました。国外へ出征すれば生還を期し難い事態でありました。保治自身も、周囲の人々もそのことを暗黙のうちに了解していました。
 そういう中で、一筋の信念に落着き払っているような美代子の眼付きを、保治は感じました。あなたはきっと無事に還ってくる、そう語っている眼付きでした。それに対して、保治は言いました。
「耕一君は白藤を記念に残していったが、僕は何も残してゆかないよ。」
「ええ、どうせまた還ってくるんでしょう。記念なんておかしいわ。」
 
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