つは、彼女自身の病気でした。初めは単なる感冒とばかり思われていたのが、肋膜炎の症状を呈してき、やがて、可なりの肺浸潤が発見されました。微熱が続き、食慾が衰え、皮膚が美しく透いてきました。そして彼女は自宅で、閑散な日々を送って静養することになりました。しきりに書物を読みたがりましたので、草光保治はいろいろなものを持っていってやりました。それを彼女は甚だゆっくりと読み、読んだあとから忘れてゆくようでした。同じ書物を数回、間をおいて、謂わば忘れた頃に、繰り返し読むこともありました。
「またそれを読んでるの。」
「ええ、すっかり忘れたんですもの。」
 そのような対話が、微笑のうちになごやかに交わされました。
 ただ一つ、白藤の木に、彼女の心は深く繋がれてるようでした。兄の耕一が応召入隊の前に、植木屋から買ってきたもので、一米半ばかりの古い幹に、真白な花をふさふさとつけていました。それが、鉢に植わったまま打ち捨てられて、次の年に三つ四つの花房をつけただけで、もう蕾を出さなくなりました。その白藤を、美代子は俄に発見したかのようでした。防空壕を掘りに来た人に頼んで、鉢から地面に移し植えてもらい、大き
前へ 次へ
全17ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング