りに遠い彼女でした。すべてが変りすべてが新らしく眺められる環境のなかで、遠い彼女だけが昔のままの面影を保っていました。
細川美代子は、少しも人目につかぬ娘でした。普通の背丈で、肥ってもいず痩せてもいませんでした。容貌も尋常で、美しくもなく醜くもありませんでした。性質も温良なだけで、特別な長所も短所もありませんでした。大勢の人中に置いても、見勝りもせず見劣りもせず、つまり、少しも人目につかない娘でした。
目黒駅近くの閑静な家に、彼女は住んでいました。両親と弟とがありました。戦争前、中日事変中に、兄は召集されて出征していました。
その目黒の家を、草光保治は時々訪れました。母方の縁続きの間柄でありましたし、美代子の兄の耕一とは友人でありました。耕一が出征してからも、美代子とは気安く話が出来ましたし、弟の耕次が高等学校の入学試験をひかえていましたので、その質問にも応じてやりましたし、蓄音器の、いろいろなレコードもありました。
ところが、二つの不幸が美代子を見舞いました。
一つは、兄の戦死の公報でした。乗り込んでいた輸送船が沈められて、彼は赤道附近の太平洋の中に消えたのです。
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