ったりしていました。東京の家のことや人々のことを考えるのも、夢の中でのような心地でした。そしてただうっとりと外の景色に眼をやっていました。丘陵地帯で、眼界は狭まったり広まったりしました。鋤き返した土地、麦の伸びてる土地、新緑の木立、八重桜の花、ひっそりしてる人家……それらの中に、一点、桜の花より更に真白なものがありました。白藤の花で、生籬にかこまれたひそやかな家の軒先に、余り長からぬ房をなして垂れていました。広い棚を拵えずにただ支柱で支えられてる藤蔓、その蔓から群がり垂れてる真白な花、それを軒先に持ってる清楚な家、ただそれだけのものですが、その白藤の余り長からぬ花房とその住居のひそやかさとが、一つに融け合って匂っていました。
それはすぐに車窓から飛び去りましたが、草光保治はなおその姿を心で眺め続けました。他の何処かで度々見たもののようでもあり、長く夢みていたもののようでもありました。
その心像が胸の奥にひそんで、時折、飛びだしてくるのでした。
白藤の花とその家……そこに彼女の面影がありました。忘れるともなく忘れはしたが、然し忘れかねる彼女であり、細川美代子と名前を言うには、もう余
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