がますます、草光保治に眼を見張らせました。
 然し、如何に眼を見張ったとて、やはり、日本が祖国であり、東京が郷里であることには、聊かの変りもありませんでした。ただ、祖国であるその日本が、郷里であるその東京が、ふしぎに変って感ぜられるのでした。戦争により、殊に空襲により、二ヶ年半の間に相貌が変った、というばかりでなく、草光保治の内部にもなにか変ったものがありました。記憶が薄らいで眼が冴えてくる、というような状態にありました。
 そういう異邦人めいた感懐のなかに、ぽつりと、淡い灯をともしたような、一の心像がありました。縁側に踞まってぼんやり庭を眺めている時など、それが浮んできました。焼け跡を散歩しながら、嘗てはその辺からは見えなかった富士山の姿を、西空はるかに見出して、ふと足を止め、しみじみと眺め入っている時など、それが浮んできました。
 その心像が、いつ胸の中に飛びこんできたのか、草光保治にはよく分りませんでした。帰還の途中、大船と横浜との間の列車の窓で……ということははっきりしていましたが、実は、必ずしもそれに限ったことではなかったようでした。
 その時、彼は車窓にもたれて、身も心もぐ
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