り返して、根まで引き抜こうとしました。案外に大きな強い根が張っていました。それをすっかり引き抜かなければならない、惨めな姿で残しておいてはいけない、そういう思いで、両手を泥で汚しながら、藤の根を引き抜きました。引き抜いた根を地面に投げ捨てました。藤の根は幾本もありました。それを悉く引き抜きました。
額から汗が出てきました。泥の手でハンケチをつかんで、その汗を拭きました。そして彼は空を仰ぎました。
――俺は今、つまらぬ感傷に囚われているのであろうか。俺のしていることは子供じみてるであろうか。いや、そんなことはどうでもよい。ただ、俺はこうしなければならなかったのだ。眼前の惨めな藤蔓を抜き去ると共に、心像の藤の花を……生かせるものなら本当に生かしてやりたい。
大陸にあった時、俺は彼女のことをしばしば思った。恋人のように想った。戦友たちに来る手紙の中には、妻からのや愛人からのが幾つもあった。俺にはそのような手紙は来なかった。然し、彼女がいることは、恋人がいるのに等しかった。愛し愛される女性を一人、どこかに持っているということは、強い生活力ともなり闘争力ともなった。
彼女の死を知ってから
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