地面しか残さなかったということは、眼の錯覚というばかりでなく、一種の驚異でありました。それでも其処にはっきりと、細川の家のコンクリートの土台の一部が、瓦礫のなかに狭小な地域を描き出していました。
やがて、保治はその狭小な地域に踏みこみました。庭だったと思える片隅に八手《やつで》が三四株、地面低くこんもりと葉の茂みを拵えていました。その横手、寒山竹の藪跡らしいところに、ひょろりと伸びた幾筋かの蔓があって、ちぢれた小さな葉を出しかけていました。藤の葉でした。幹は無くなり、残ってる根本から、新らしい蔓を精一杯に伸ばしてるもののようでした。
それを見つめながら、保治は腕を組んで頭を垂れました。
あの眼覚めるような白藤の花と、それを軒先につけたひそやかな住居、それから、このひょろひょろした蔓と縮かんだ葉、両者の間には何の関連もなく、全く別な物でありました。
保治は長い間、眼前の藤蔓を見つめながら、胸中に育まれた心像に縋りついていました。しみじみと涙が眼の奥ににじんできました。その涙に気がつくと、彼は唇をかんで、眼前の藤蔓をむしり取りました。数本の蔓をむしり取ると、その根本の土を棒切れで掘
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