に調達することは、荘一清にとって容易ではありませんでしたし、その頃取締りの厳しい品物をひそかに買い取ることは、汪紹生にとって危険でありました。

 北京の秋は、夏を追い立てるように急にやって来て、そして晴朗な日が続きます。南海公園の小島の岸には、まだ釣りの遊びをしている人々が見られました。その側に、少し離れて、汪紹生はぼんやり欄杆にもたれていました。
 釣りをしてるのは、二三の少年と、中年の夫婦者に連れられてる子供でありました。子供はよく餌を取られてはじれだし、父親からいろいろと教えられていました。母親はそれを笑顔で眺めながら、やはり釣竿を手にしていましたが、自分の浮子《うき》の方には殆んど眼をやりませんでした。少年達は黙って熱心に浮子を見つめ、時折、ぱっと挙げられる釣竿の先には、小魚が躍っていました。
 汪紹生は欄杆に半身をもたせたまま、薄濁りの水面に眼を落して、なにか考えこんでいました。亭の中に並べられている卓子の方へ行って茶を飲むでもなく、釣竿を借りてきて楽しむでもなく、また釣人たちの方を見てるのでもありませんでした。時間を忘れたように長い間じっとしていました。
 南岸との間を往復してる小舟から、小数の客が上ってきて、幾度か彼の後ろを通ってゆきました。それらの人々の間に、やがて、黒い色眼鏡をかけた痩せた青年が見られました。その青年は、舟から真直に汪紹生の方へやって来て、その肩に軽く手を触れました。汪紹生は振向きましたが、相手がそのまま歩いて行きますので、彼もその後についてゆきました。
「少し手間取っちゃった。」と黒眼鏡の青年は不機嫌そうに呟きました。
 汪紹生は尋ねました。
「そして、どうだった。」
「なあに、ちと無理なことをしたが……。」
 彼は歩きながら、汪紹生をじっと見ました。
「これからは注意して下さい。あんな所へ僕を尋ねてきて、それも夜遅く……。」
「然し、秘密な用だったものだから。」
「それがいけないんです。秘密は白昼公然の場所で為すべきものですよ。この頃、僕達は少し睥まれているんです。」
「何かあったの。」
「それは、こちらから聞きたいことですよ。あんなもの、何にするんですか。」
「ちょっと、人から頼まれたので……。」
「然し、こんなちっちゃいのは、役には立ちませんよ、玩具にならいいけれど。」
「勿論玩具だ。玩具だと僕は信じてる。」
 その調子が
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