って行った。ばたりばたりと、肥った短い足先の上草履の音が、廊下に二三歩聞えたかと思うまに、あれっ! という叫び声と、がたりと鉄瓶を取落した音とが、殆んど同時に聞えた。瞬間に、総毛立った清の顔が、座敷へ飛び込んで来た。――廊下を二足三足歩き出して、何気なくわきを見ると、女中部屋の障子の向うに、真黒な大入道が、ぬーっと延び上った……までは覚えているが、後は一切知らない、と彼女は云った。
その様子が余り真剣なので、皆はぎくりとした。けれども兎に角、晋作が先に立ち秋子が続いて、女中部屋を窺いに行った。玄関から廊下へ出ると、真黒な大きな奴が、障子にぬーっと現われた。がそれは、玄関の電燈の光りで投げられてる、自分自身の影だった。
安心すると、可笑しくなった。
「おい、皆で来てごらん、大入道が居るから。」
晋作の声の調子に元気づいて、皆は座敷から出て来た。大きな影が幾つも重なって、眼の前の障子に映った。
「やあ、大入道が沢山居らあ!」と晋吉が叫んだ。
「お前のは小入道じゃないか。」
そして皆は、まだ先刻の驚きから醒めずにいる清を除いて、障子に影を映し合った。けれど、それが次には不気味になって
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