ら射す光りで暈されていた。窓の外は隣家との境の亜鉛《トタン》塀で、塀の上に伸び出てる桜の梢が見えていた。直接の日光が射さないせいか、室の空気が底冷たかった。まではよいが、押入の方から、何だか嫌な気が漂ってくるようだった。はっきり捉え所のない、変に気持ちが惹かされる、馬鹿げてるが打消せない、何とはなしに嫌な気だった。よく見るとその半間《はんげん》の押入の襖と柱との合せ目が、どちらか歪んでるせいか、上の方が五分ばかりすいていた。掌をかざしたが、別に隙間風がはいってる様子もなかった。襖を開くと、清の荷物や見馴れた古道具が、中に一杯押込んであった。なお試みに、上下左右の張り坂を、指先でとんとん叩いてみたけれども、釘付もしっかりしているらしかった。所が、差伸べた手先と頭とを引込めた途端に、ふっと鼻先を掠める匂いのような、嫌な気がすっと漂ってくる心地がした。彼はぴしゃりと襖を閉め切った。
 何とも云えない変な気持だった。彼は※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々に廊下へ出て、それから、押入の反対の側を見廻ってみた。其処は台所の煤けた壁だった。妙だな、と思う心が好奇心に変って、台所の揚板を二三
前へ 次へ
全25ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング