た。
 男はやがて身形《みなり》を直した。額の脂汗を袖で拭った。それから蚊帳の外に出て、押入の襖を静に開いた。中には四尺ばかりの空いてる場所があった。男は蚊帳の外から手を差伸べて、老人の足先を捉えて引きずり出した。それを両手で軽々と持上げ、押入の空いてる場所へ横たえた。それから押入の襖を閉め、蚊帳の中の布団の乱れを直し、兵児帯をまとめ、室の四方に恐ろしい眼付を投げて、慌しく出て行った。
 凡ては、前から熟慮されたもののように、的確な段取りで速かに音もなく為された。ただ、押入の襖だけが二三寸閉め残されていた。
 あたりは静まり返った。そのひっそりとした中に、向うの室から、時々何か低い物音が洩れてくるばかりだった。そして押入の中には、眼を見開き、口をうち開き、鼻から何とも知れない液体を出してる、老人の絞殺死体が、寝間着の胸をはたげ、手足をにゅっと伸して、固く冷くなっていった。それに蚊が群りついた。
 柱時計が午前三時を打って間もなく、先刻の男がつかつかとはいって来た。手にマッチとアルコール瓶とを持っていた。彼は押入に歩み寄ったが、二三寸閉め残されてるその襖を見てぎょっとしたように立ち竦んだ
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