げ跡と白っぽい斑点とが不審だった。警察の方で一応調べてみると、怪しい点が生じてきた。それで更に、法医学の高山博士に鑑定を依頼した。博士の検査に依って、白っぽい斑点は蚊の糞の跡であり、更に、その糞中には人間の白血球が多く存在し、板には人間の脂肪がしみ込んでることが、明かになった。それから板の出所を調べると、その板は或火災の場所から出たもので、晋作がはいってる家を三年前新築する時、大工が何かの都合でそのまま使ったものだった。更に不思議なことには、その板は焼けた家でも押入の張板に使われたものらしかった。なお調査してみると、その焼けた家の主人は、或る重大な犯罪で目下未決監にはいっていた。所が、その家が焼けた時老人が焼死して、その生命保険金一万円を主人は受取ったのだった。そこで、警察の眼には二重の疑問が映じた。火災の折に押入の板がどうして焼け残ったか? 押入の板に人間の白血球を含む蚊の糞と人間の脂肪とがどうしてそう多分に付着しているか? そういう疑問から、保険金一万円が鍵となって、或る犯罪事実の情景が浮び出て来た。

 三年前の或る初夏の夜――
 室の真中に、六十年配の老人が一人眠っていた。あたりはひっそりと静まり返っている。其処へ、側の襖がすーっと音もなく開いて、眼のぎょろりとした壮年が、腹匐いになって覗き込んだ。暫くすると、その男はすっくと立上って、つかつかと而も爪先で歩み寄った。蚊帳をまくって中にはいると、袂から黒メリンスの兵児帯を取出した。老人は口をあんぐり打開き、横向きになって、酒臭い息を喘ぐように吐きながら、ぐっすり眠っていた。男はその後ろに忍び寄って、老人の首の下に帯の端を通し初めた。老人は一寸身動きをした。瞬間に、男は帯を通し終って、それでぐっと老人の首を締めつけながら、なお膝頭で老人の背中を後ろから押えつけた。首を縮め両肩を高く聳かし、両手にある限りの力を籠めて、そのまま蹲った。老人はぱっと足元で夜具を半分ばかり蹴飛したが、声も立てずにぐったりとなった。手足がびくびく震えだした。かと思うと止んだ。そしてまた震えだした。その震えが次第に弱く痙攣的になり、震えの間の時間が長くなり、最後にぴくりと一つ大きく震えて、もう動かなくなった。三分……五分……そして男は立ち上った。老人はぐたりと頭を落した。眼を見張り口をあんぐり開いていた。男はそれを一目見やって、顔をそむけ
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