簡単服に、大きな袋をさげていました。
彼女は日暮里駅で降りました。出口の方へ階段を上ってゆく時、その袋が如何にも大きく重そうに見受けられました。岸本は足早に追いついて、ちょっとためらった後、思い切った親しい態度に出ました。
「たいへん重そうですね。持ってあげましょう。」
彼女は彼を見て、別に意外な様子もなく、すなおに答えました。
「ほんとに、済みません。たいへん疲れました。」
もう階段を上りきってしまったのに、彼女は袋を彼に渡しました。袋はずっしりと重く、彼女は少し香水の匂いがしていました。
駅から出ると、彼女は袋を開けて見せようとしました。
「かぼちゃ、とうなす、きゅうり、とまと……それから、まだ何かありました。」
その往来で、袋を開きかねない彼女のしぐさに、岸本はちと驚きました。――だが、不思議に、お千代さんのことが頭に閃めきました。日暮里駅の裏口の、その田舎めいた風情の故もありましたでしょうか。お千代さんなら、中学生の彼岸本に、重い荷物を持たせて伴させたでありましょう。袋の中の野菜物を往来にぶちまけて平気でいたでしょう。ただ、お千代さんはいつも笑ってばかりいましたが、今
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