崖の上に崩れ残っていました。壁は半ば落ち、鉄骨は傾いていました。それを、三四人の男が、至極のんびりと取り壊していました。鉄骨によじ登って壁土を槌で叩き落したり、あちこちにロープをかけ渡したりしていました。遠く崖下から眺めると、少しも危険らしさは感ぜられず、ただぎらぎらした日の光りの中での遊びに似ていました。崖下の道路の木蔭に、誰か一人の通行人が立ち止ったのをきっかけに、次第に見物人がふえました。岸本省平もその中にいました。
 彼のそばに、いつやって来たのか、彼女が立っていました。じっと立ったまま、崖上の作業を眺めていました。作業は白日の中の幻影のようでした。鉄骨の頂上に登ってる男が槌を振う度に、しばらく間を置いて音響が聞こえてきました。突然、男の姿が消えて、大きな塊りが鉄骨からなだれ落ちました。濛々たる土煙があがりました。その土煙が薄らいでゆくと、細い鉄骨だけが残り、そこに男の姿がまた現われて、鉄骨の上を綱渡りをはじめました……。流れ雲が影を落して過ぎました。
 彼女は岸本にぴったり身を寄せていました。
「何をしているのでしょう。」
 張りのある低い声でした。
「あれを壊すつもりでしょ
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