どで、或はその瞼の大きなふくらみを眺め、或はその下唇のたるみを眺め、或はその左の眼が物を見つめて細くなるのを眺め、或はその皮膚の薄い滑かさを眺めました。そしてそれが一つにまとまって、没理性的な美しさとして心に残りますと、もういつしか、彼の方から彼女の姿を探し求めるようになっていました。
会社へ通勤のための日暮里駅までの彼の往復が、あちこち道筋を変えたり、散歩のように楽しかったりするのも、彼女がその主な原因だったかも知れません。
彼女はたいてい、簡単服だったり、浴衣がけだったり、買物袋をぶらさげていたり、すりきれた下駄をはいていたりして、みなりは粗末でしたが、粗末なだけで汚れは留めず、どこか清楚な趣きがありました。そして顔には薄すらと化粧をし、髪はきれいにとかしていました。岸本省平に眼をとめて、じっと眺めることがありました。或は、くるりと背を向けることもありました。或は、それとなく頭を傾げて会釈することもありました。だが一度も彼女は、笑顔を見せず、微笑の影さえ示しませんでした。
嘗ての空襲の折、この界隈には、焼夷弾も落ち爆弾も落ちました。その爆弾にやられた小さな洋風建築が一つ、高い
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