何度もさまよいました。四時になっても彼女は来ませんでした。
 彼は決心して、ほど近い彼女の住居を訪れました。表格子のところで、ふり仰いでみると、もう小泉美津枝という小さな表札は無くなっていて、そこだけぼんやりと白ずんでいました。
 彼は格子戸を開けて、案内を乞いました。
 頭を坊主刈りにして歯のかけてる老人が出て来ました。小泉美津枝のことを尋ねますと、彼女は突然、四日前に静岡へ移転したとの返事でした。岸本は呆然として佇みました。
 善良そうな老人は、岸本の様子をじろじろ見調べてから、言いました。
「まったく、藪から棒の話で、私共でも驚きましたよ。もっとも、あのひとは、ここが少し……。」
 老人は人差指で額を叩きました。
「少し変でしてね、時々おかしいことがありましたよ。静岡へ行く少し前など、毎日、ひどくおめかしをして出かけましたが、或る晩は、夜更けに戻ってきて、なんだかしくしく泣いてるようでした。それが、ふだんは正気なもんで、はたからは何のことやらけじめがつきませんでね。元からあんなじゃなかったんでしょうが、いろいろ不幸が続いたもんですから……気の毒でしてね。」
 老人はいろいろ話した
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