されていました。薄い細やかな皮膚がその肉附に融けこんで、餅の表面をでも見る感じでした。それはもう、彼女小泉美津枝のものではなく、ましてや彼岸本省平のものでもなく、なにか人間から離れた物質でした。それが、彼にとって何の関係がありましょう。先刻彼がかき抱いた彼女と、何の関係がありましょう。新奇な遠い物質で、それが白く温く柔かなだけに却って不気味でもありました。
岸本はなにか蠱毒された心地で、すっかり眼をさましてしまいました。蚊帳がゆらいで、ばたばた音がしていました。白い粉がかすかに散っていました。頭をもたげて見ると、真白な大きな蛾、掌よりも大きな白蛾が、蚊帳にとまりかねて羽ばたいていました。拇指ほどもある大きな腹部の重さをかかえて、しきりに羽ばたいていました。その純白な大きな四枚の翅は、美しいというよりは奇異でした。
それを岸本はじっと眺めていました。すると、眠っていた筈の美津枝が、静かに上半身を起して、寝間着を片方の肩からずり落したまま、白い蛾を見つめました。その頬は蝋のようで、体には息使いの動きさえないようでした。彼女は長い間蛾を見つめて、やがて蚊帳から出ました。そしてもう蛾の方は
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