あの、お泊りでございましょうか、それとも……。」
 その点は、岸本も不用意でした。女中が出て行ったあと、彼は他人事のように美津枝に尋ねました。
「どちらでもおよろしいように……。」と彼女は平然と答えました。
 その白々しい顔を、岸本は不気味に眺めました。彼女が花柳界などの空気を吸った女でないことも、また、ひそかに男客を取るような女でないことも、極めて明らかでした。そうだとすれば、なにか性的欠陥のある中性的な女だったのでしょうか。そういう様子も見えませんでした。岸本は自分の感情の持ちように迷いました。それでも、一方、彼女のその平然さに、彼は一種の安心をも覚えました。
 彼は速度を早めて酒を飲みました。ウイスキーも飲みました。彼女も彼から勧められるまま、酒を飲みました。女としては相当の酒量らしいようでした。
 庭には蝉が鳴いていました。昔、お千代さんの室でも蝉が鳴きました。夜中なのに、室にとびこんできた一匹のつくつく法師が、電灯の笠の上方のコードに逆様にとまって、大きな声で鳴きました。お千代さんは冗談話をやめて、その蝉を見上げました。お千代さんがまた話をしだすと、蝉がまた鳴きだしました。彼
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