邸宅だったのをそのまま使用してるのでした。門構えからちょっと坂道をのぼって、玄関のベルを押すと、前日岸本が声をかけておいた時の女中、質朴らしい若い女が出て来ました。そして二人は、六畳の日本室と円形の洋室とがじかに接してるのへ案内されました。窓の外は木影や植込みで、清凉の気が室内にも漂っていました。
岸本は背広の上衣をぬいでネクタイをゆるめ、美津枝は端坐して扇を使い、畳敷の方に卓をはさんで向い合いました。
「わたくし、昨日もあすこでお待ちしておりました。一昨日もお待ちしておりました。」と彼女は言いました。
「しかし、今日、土曜日というお約束だったでしょう。」
彼女はそれを、耳に入れないのか或は気にしないのか、何の返事もせずに、窓の外に眼をやったきりでした。
「ほんとに静かないい家ですこと。」
岸本はちょっと落着かない気持ちでした。貴婦人らしい装いの彼女は、その白痴美らしい感じ以外、もうお千代さんともすっかり異って見えました。ハノイの某婦人などとは全然異っていました。岸本はやたらに煙草をふかしました。
あり合せの小料理ものを添えて酒が運ばれてくると、岸本はほっと息をつきました。
「
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