うか。外をぶらぶら歩いてもよろしいし、どこかへ行ってもよろしいのですが……。」
言ってるうちに、彼は自分で嫌になりました。お千代さんは彼を勝手に引っ張り廻しました。彼も彼女を勝手に引っ張り廻すべきではなかったでしょうか。
「ねえ、どこかへゆっくり行きませんか。」
暫くたって、彼女は独語のように答えました。
「連れていって下さいますの。」
「ええ、行きましょう。」
「ほんとに連れていって下さいますの。」
「ほんとです。」
「いつにしましょう。」
「明日……明後日……そう、その翌日の土曜日はどうでしょうか。」
「何時頃にしましょう。」
「そうですね、午後三時頃から如何ですか。あの、墓地の並木道の、五重塔のところで待ち合せましょう。」
「土曜日の三時……。」
「そうです。」
そのような約束をしながら、岸本省平はちと変な気がしました。彼は彼女に愛情を懐いてはいましたが、彼女の方のことは更に見当がつきませんでした。それに、対話の調子もおかしく思われました。然しいろいろな反省の余裕はなく、もう彼女の住居の近くへ来ていました。彼はその路地の入口に立ち止って、彼女へ野菜の袋を渡しました。彼女は彼
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