に彼女は彼を見つめました。その、持ちあがって細まる左の眼は、少しく斜視で、それを中心に、顔全体にさっと冷酷とも言える色が流れました。とたんに、彼女は丁寧なお辞儀をしました。
「申訳ございません。有難うございました。」
 彼女は野菜の袋を受け取ろうとしました。
 彼はそれを拒みました。
「どうなすったのです。何かお気に障ったら許して下さい。お宅の近くまでお伴しましょう。決してお宅へ寄りはしませんから……。」
 彼女は首垂れて、そして歩きだしました。そのゆっくりした歩度に彼は足を合せました。
 暫く無言が続きました。その無言のうちに、彼は、彼女のうちにあるもの、表面的な一種の白痴美の底にひそんでいるものを、推測しかねました。彼は静かに言いました。
「お目にかかり初めてから、もう三ヶ月にもなります。そして……どうしたのか私は、もっとよく、あなたのことをいろいろ知りたくなりました。私からも、いろいろお話したいことがあります。日本では、男女の交際は、まだ、世間的にむつかしいかも知れませんが、お互に精神さえしっかりしておれば、咎むべきことではありますまい。そのうち、ゆっくりお目にかかれませんでしょ
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