間に、明快な問答がなされました。――「軸物の類は、お待ちではありませんか。」「ありませんね。」――「なにかほかに、書画骨董の類は……。」「ありませんね。」――「何かありませんか。」「僕の家には、不用な物は一つもありませんよ。」――この最後の言葉を、チビは、ひどく感心していましたが、それも、正夫のところの中根のおばさんに云わせると、不用な物が一つもないというのは、趣味がないことであり、趣味がないのは、人間としての、一つの欠点となるのだそうです。
そういう芝田さんの家のことです。駒井さんの室だって、中根のおばさんの室みたいに、いろんな物がごたごた並べたて飾りたててはありません。
それでも、駒井さんの室にはいると、正夫は、柔かな芳香に包まれるような気持がします。正夫は駒井さんが好きなんです。ちっとも瞬きをしないような眼と、弾力性のある口付と、顔を埋めたら息がつまりそうな胸とが、とても好きなんです。
今日は、その眼がおちくぼんでおり、その唇が乾いており、その胸が堅くなっています。
「病気ですか。」と正夫はやっとのことで云いました。
お茶をついでいた駒井さんは、「え?」と声をだして、顔を
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