へ消えてしまいました。そうだ、正夫も、なんだか恐ろしくて悲しかったのです。
 暫く黙ってると、こんどは、駒井さんが云いました。
「お二人で、喧嘩になりはしないかしら。」
 やはり芝田さん兄弟のことです。正夫は微笑みました。
「康平さんがなにか云っても、おじさんが相手だから、喧嘩なんか……。」
「そうね。」
 おかしいのは、六つも年上の駒井さんの方が、正夫の妹のようなんです。
 芝田さんのことが消えてしまっても、あとになにか残って、淋しいのです。
「ねえ、正夫さん、あたしたち、いつまでも、お互に忘れないようにしましょうね。」
 またふっと、涙がわいてきそうです。
「いやだ、そんなこと言っちゃ……。」
 駒井さんは眼をつぶっています。弾力性のある小さな口付が、かすかに震えています。
 正夫は駒井さんの胸に、顔を押しつけていきます。顔をそこに埋めてしまったら、息がつまりそうな芳ばしい胸です。そうなりたいのです。いやいや……と云うように、駒井さんは正夫を抱きあげます……。
 ぱらぱらと、かすかな音が戸外にしています。また雨が降りだしたのでしょうか。それに耳を傾けていると、その音だけになってしま
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