って、外のものは凡て、宙に消え失せてしまいます。
少しも眠らなかったのでしょうか、いくらか眠ったのでしょうか、それがよく分りません。なにかぼーっとした明るみが戸外にたたえて、かすかに物のざわめく気配《けはい》です。
正夫はそっと起き上りました。駒井さんの瞼がちらちら動いて、そのままじっと静まり返りました。ちっとも瞬きをしない深々とした眼差です。それだけで、駒井さんは何とも云いません。
正夫は縁側に出て、雨戸を一枚あけました。
ただ一面に仄白い夜明けです。霧とも云えないはどの微細な水気《すいき》が、薄くたなびいていて、それがあらゆるものに仄白い衣をきせています。
正夫は外にとびだして、大きく伸びをしました。駒井さんとの間に、別に恥しいことがあったわけではありません。恥しいことはなんにもなくて、この仄白い霧のようなものに浸ったのでした。それを考えて、自分でもびっくりするような力がわいてきました。
庭を歩いていると、大きな蚯蚓がはいだしています。――いつでしたか、正夫がやってくると、芝田さんが襯衣一枚になって、裏の例の畑地を掘り返してることがありました。大きな顔を真赤にし、汗を
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