に、あの文句が書きつけてあるのです。ミダス王の驢馬の耳の話のところです。
芝田さんを明朗な性格の人だと、父は思っていたのでしょう。それはそれにちがいありません。ところが、その明朗な性格が、あの物語と、どういう関係があるのでしょう。ミダス王とでしょうか、その愚かな耳とでしょうか、その異様な長い耳とでしょうか、その秘密を知った理髪師とでしょうか、秘密を穴のなかに囁きこんだこととでしょうか。謎のようなものです。もしかすると、全く逆に、愚かでない耳とか、秘密を持たない理髪師とかは、明朗だというのかも知れません。
正夫はそっと、駒井さんにたずねました。
「ねえ、神話の、ミダス王の話、あれを知ってるの。」
駒井さんは、泣いてる眼で微笑みました。
「ミダス王の驢馬の耳と、理髪師の話、あれですよ。」
「知ってるわ。」
「あれ、どんな意味なの。」
「あの通りの意味よ。」
駒井さんは、じっと正夫の顔を見て、また微笑みました。
「そんなこと、どうでもいいのよ。」
そして正夫を引きよせました。
「ご免なさい、泣いたりなんかして。ただ、へんに、恐ろしかったのよ。」
それで、驢馬の耳も理髪師も、どこか
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