受取書もついてるから。大事にしまっといて下さい。抹消登記の方は、僕がしてあげます。これだけの金を拵えるには、ずいぶん苦労しましたよ。」
 芝田さんは平然と、まるで当然のことだったというように、書類を受取り、それを駒井さんに預けました。
「君にも心配をかけたが、もうこれで、安心だよ。昨日のあれが、先方では、見合のつもりだっていうから、呆れたものさ。」
 その言葉が、どういうものか、ひどく冷淡に、嘲笑的に響きました。
 駒井さんは顔を胸に伏せ、康平さんは芝田さんを見ながら、眉根に深い皺を寄せました。
 芝田さんはそれに気付かないらしく、ふらふらと立上りました。
「じゃあ行こうか。」
 康平さんは女中にだけ声をかけました。
「大事な話があるんだから、夜明しになるかも知れない。寝てていいよ。」
 二人を、みんなで玄関に見送りました。
 自動車の動きだす音がすると、駒井さんは廊下をまっすぐ、自分の室にはいって行きました。
 茶の間に戻ってきた正夫に、女中が云いました。
「お床《とこ》は、奥のお座敷にのべておきましたよ。」
 正夫はうなずいただけで、立ったまま、煙草をふかしました。

 駒井さんは
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