ついたように、一座を見渡しました。
「みんな起きてるのかい。正夫もいるんだね。……もう何時《なんじ》です。酒をのむなら、自分一人でおのみなさいよ。みんなを起しとくという法は、ないでしょう。」
「今夜は、特別だよ。」と芝田さんはにこにこしています。
「早く、仕度をなさいよ。……その間に、一杯もらいましょうか。」
 康平さんは杯に手を出しました。
 駒井さんはしつっこく眼を伏せて、室の隅にじっとしています。正夫は縁側に腰掛けて、闇の中に眼をやっています。
「おい、君たちも一杯やれよ。」と康平さんは誰にともなく声をかけました。「こんなに遅くまで、気の毒だなあ。おじさんの真似しちゃいかんぞ。」
 そして、駒井さんにも正夫にも、杯をさすのです。二人とも、お辞儀をしてつつましくのみました。どういうものか、康平さんには親しみがもてないのです。さばけた調子なのですが、どこか角《かど》があるようなんです。骨の堅そうな額と口髭とが、そんな感じを与えるのかも知れません。
 芝田さんが着物をかえて出てくると、康平さんはふと思い出したように、無雑作にポケットから書類を取出しました。
「これ、常見の方の証書です。
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