かたづけました。ばかげた話だね、と芝田さんも簡単にかたづけました。その笑い話のうちに、文学者はふと真面目になって、だが、その娘さんに、そんなことから気を惹かれだしたら困るね、と云いました。そうなんだ、と芝田さんも真顔です。結婚問題だの、奥さんという揶揄だの、そんな下らないことから、彼女を見直すようになったら、危険だからね……。そういう話が続いたのです。そして、彼女の健在のためにと、二人で祝杯をあげました。
「それこそ、ばかげてるじゃないか。」とチビは云います。「文学者って、どうしてああばかげたことばかり、問題にするんだろう。だが、それから先の芝田さんは、一層おかしいんだよ。」
 ひどく雨が降って、それがやみかけた頃、芝田さんは文学者と別れました。ふかく考えこんで、裏通りの掘割のふちを、長い間ぶらつきました。それから、自動車をつかまえて、北の方向へ五十銭だけ走れって、そう云うんです。金はまだ持ってるのに、どういうつもりなんでしょう。自動車は走り出しました。そして小川町から聖橋へぬけようとする途中で、芝田さんは急に車をとめさして、降りてしまいました。ニコライ堂の下のところで、広い淋しい薄暗
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