なにしろ芝田さんは相当知名の士です。両派から目をつけられています。そして呑気な芝田さんは、先に底をわって相談しかけた方へなびきそうです。両派とも、ひそかに芝田さんを口説きに、自宅へ来そうな気配になっているのです。それにまた、会社に対して金銭上の不正が芝田さんにありそうだとの、つけめもあります。だがこれはどうもはっきりしません。
「僕にもよく分らないんだ。」とチビは云いました。

 ぷつっととぎれたチビの話は、ただ表面上のことだけで、而も整理されたり云い落されたりしてる点が、だいぶあるようです。本当はもっと複雑なものなんでしょう。
「それきりかい。」と正夫はききました。
「これまではいいんだよ。これから先が、僕には気にいらないんだ。」
 チビが気にいらないと云うことは、いつも、へんに曖昧模糊とした事柄ばかりです。こんどもそうです――
 芝田さんはその夕方、銀座を歩いていました。知人の文学者に出逢いました。そして一緒に、酒をのみました。文学のことや社会のことを話しあい、酔がまわってくると、芝田さんは、金貸の常見のことや塗料会社のことを、面白そうに話しました。ばかげた話だね、と文学者は簡単に
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