きっかけです。康平さんは突然、拳固で卓子をうち叩いて、ひどく怒りました。芝田さんを罵倒しました。駒井さんを売る気ですか、金貸なんかにおだてられて、自弁で見合なんかさしておいて、なんてざまです、そういって憤慨するんです。芝田さんにとっては意外なことばかりです。ぶつぶつ弁解しようとしましたが、康平さんは耳にも入れません。憤慨が嵩じて、遂には、よろしい、僕がその負債を引受けましょうと、出ていってしまいました。芝田さんはぼんやりそこに居残って、事務員と碁をうちながら、康平さんの帰りを待ち受けました。
「事務員と碁をうって待ってるなんて、実に愉快じゃないか。」とチビはひどく感心しています。
 芝田さんは三局ほど碁をうちましたが、康平さんは帰ってきません。固より、約束したわけでもありません。そこで芝田さんは、立上って、外に出ました。だんだん気持がこんぐらかってくる表情です。ふと思いついて、旧市外にある塗料会社まで、行ってみました。芝田さんは隔日出勤となっていまして、調査課長というのも、云わば顧問の別名みたいなものです。その日は出勤日でなかったのが、誤解のもとでした。数人の者が集って、会社の改革につ
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