煙草は少し生意気ですが、袂の着物のてまえ、いたずらにふかしてみてるのです。
 それでも、なんだか落着きませんでした。今日、珍らしいことには、芝田さんから電話で、遊びに来いとのことでしたが、来てみると、芝田さんは不在なんです。書生の丹野もいません。そんな時、いつもすぐ出迎えてくれる駒井菊子さんも、奥の室にひっこんでいます。表の檜葉にチビがのぼっていたのも、こうなると少し気にかかります。
 正夫は立ちあがって、裏の梅の木のところへ行ってみました。梅の実がたくさんなっています。それを一つ取ってかじりましたが、すっぱくて顔をしかめました。
 梅の木の向うに、五六坪の狭い畑があります。畑といっても、何にもつくってありません。芝田さんが時々、襯衣一つになって、汗を流しながら耕してる、ただそれだけの地面です。
「僕はほかに運動をしないから、こんなことをしてるんだが、然し、土いじりをすることは、何よりも身体にいいし、随って、何よりも頭にいいし、随ってまた、身体にいいよ。」
 そんなことを云いながら、芝田さんは、落葉を堆く持ちこんで、それを土に埋めたり、また掘り返したりしていました。この頃はそれにも倦き
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