りかかって、じろりと男の方を一瞥したまま、なんとも云わずに、出ていってしまいました。――そういう風な門ですし、そういう風な芝田さんです。
 その門を、正夫はすたすたとはいっていきました。陰欝に曇った無風状態の天気のせいか、門柱の黝ずんだのと格子扉の白々しいのとが、殊に目立っていますが、正夫は通りなれているのです。ところが、門をはいってから、少し足をゆるめ、小首をかしげて、あたりを見廻しました。そしてふと、檜葉の茂みに黒猫が一匹のぼっているのが、目につきました。
 おや! といった様子で、正夫は黒猫をながめました。黒猫はじっとしていましたが、やがて、頭を振り、口に手をあてました。何かの合図のようです。そうだ、黒猫ではありません。チビです。小さなおかしな奴で、小悪魔なんかと呼ばれてる奴です。
 ――なあんだ、チビか。
 正夫はそう云いすてて、軽蔑したように、そのまま向きをかえ、内玄関の方へやって行きました。

 正夫は茶の間の縁側に腰をかけて、煙草をふかしました。今日は、銘仙の袂の着物をきています。中学生にしては、銘仙の袂の着物は少し早すぎますが、それは中根のおばさんがきせてくれたのです。
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