ことには、雨はもうやんでおり、書生の丹野もいつしか戻ってきて、自分の室で勉強していました。
 芝田さんは、少し雨に濡れていました。坐る時によろけかかって、食卓にがっくりもたれました。酒にでも酔ってるのでしょうか。そしてへんに眼ばかり光らして、黙っています。
 その芝田さんを、今日に限って、正夫はなんだか恐《こわ》い気持がします。
 正夫の家への電話のことをきいても、芝田さんはぼんやりして、もう忘れてるようなんです。別に用事もなかったのでしょう。晩の御馳走のことをきくと、その残りの料理を出さして、酒をのみだしました。駒井さんが、金子さんからの果物籠をもちだすと、すぐにその包み紙をといて、うまそうなのを物色しだしました。そして金子さんの就職のことを、駒井さんが繰返し頼むのに、ただ気のないうなずき方をしてるばかりです。それから黙ったまま、何の話もせず、眉根を心持ちよせて、駒井さんや正夫や女中の方をじろじろ見ています。
 いつものおっとりした芝田さんとは、少しちがっています。その半白の濃い髪と、肉附の多い口元が、人を威圧するようです。
「康平の奴、ひどいことを云いやがって、ひとを動物的だと……
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