たが、ふと、にっこり笑いました。
「そうそう、今日はあなたに御馳走してあげるわ、ね。」
食卓の上には、正夫が眼をまるくしたほど、いろいろ御馳走がならんでいます。鮎の塩焼や、赤い刺身や、白い水貝などは、殊に目をひきます。ただ、違い棚の上には、大きな果物籠がのっていて、それは包み紙のまま、そっとしてあります。その代り、葡萄酒の瓶が出ています。
芝田さんが不在の折に、そんなことは珍らしいのです。
「おじさんは、まだかしら。」と正夫はへんに落着かず、云いました。
「どこかで、食べていらっしゃるんでしょう。」と駒井さんは云いました。でもやはり気になるとみえて、女中の方へ、「お電話でもありそうなものですね。」
それをまた自分でうち消すように、正夫へ葡萄酒などすすめます。
芝田さんがいないだけでなく、駒井さんと二人で食事をするのが、正夫は極まり悪く、また嬉しく、そのてれかくしに葡萄酒をのみました。頬がほてってきました。
「ねえ、正夫さん、」と駒井さんはじっと眼を据えて云いました、「あなた、先生に叱られたことがありますの。」
「先生って……。」
「ここの……。」
「ああおじさんですか。」
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