流して、土を掘り返してるのです。そして大きな蚯蚓を一匹つまみあげて、正夫に見せました。蚯蚓というものは、二つに切っておいても、両方とも発育して、二匹になって生きてゆく、と芝由さんは云いました。生きるのは頭の方だけでしょう、と正夫は云いました。いや両方だよ、いや頭の方だけです、そう云い合ってるうちに、二人とも笑いだしました。
それを正夫は思いだしたのです。そして今、蚯蚓をひどくきらう気持がわいてきました。
蚯蚓をよけて、形ばかりの亭のところに来て、立止りました。昨夜のことが、遠い昔のようで、また夢のようです。
見廻すと、チビが、そこの地面に、蚯蚓のようにきょとんとしています。正夫の顔を見て、眼をぱちくりやって、耳をかいています。
「あれから、君はどうしたんだい。」と正夫は云いました。
チビの方では、あんなにお饒舌りのくせに、黙っています。
「何さ?」と正夫はまた云いました。
「芝田さんの様子を見にいったんだよ。」とチビは漸く返事をしました。「すると、芝田さんはまた、僕の方へ戻ってきたようなんだよ。」
「戻ってきたって……なんだい。」
チビの云うところは、然し、はっきりしません。あれから芝田さんと康平さんとは、議論をはじめて、康平さんが熱中すればするほど、芝田さんは冷静になり、しまいに、熱中してる康平さんの方が酔いつぶれ、冷静な芝田さんも酔いつぶれ、そして握手をしたんだそうです。
「そして今に、たいへんなことになるよ。」
「どんなことだい。」
「また喧嘩がはじまるのさ。」
「どうだか。」
「いや、はじまるよ。そして、芝田さんの方の勝ちさ。僕が味方してるんだ。」
そこまでは、信用が出来ません。チビは元来、絶対に嘘のつけない奴です。然し、自分で真実だと思ってることが、思いちがいで、実は虚偽のことがあるのです。
こんどは正夫の方で黙りこみました。
「帰ってきてみると、君は、あれは一体なんだい。」
「ああ、駒井さんとのことか。」と正夫は昂然と云いました。
チビはびっくりして、眼をぱちくりやりました。そして耳をかきました。
「まあ芝田さんぐらいが、君のいい相手だよ。」
云いすてて、正夫は歩きだしました。ふと口に出た今の言葉が、はっきり頭に戻ってきました。そうだ、いけないのは、芝田さんなんかではなく、チビなんです。ただ皮相な明朗さだけで、中身はなんにもないのです。
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