中身のなんにもないことが、そのまま明朗さになってるのです。
 ――もうこれから、あんな奴は……。
 正夫はそう呟いて、ちょっと淋しくなり、拳を握りしめました。
 仄白い霧が、いつはれるともなく、まだ一面にたたえています。その中を、正夫は歩き廻りました。ふと、「白き朝、赤き夕、そは巡礼者の日和なり、」という諺が頭に浮かびます。白き朝とは、このような朝のことでしょうか。そして今日はきっと晴天でしょう。巡礼に出かけてよい天気でしょう。
「正夫君……。」と弱々しく呼びかける声がしました。
「まだいたのか。」と正夫は云いました。「表の木の上にでものぼっておれよ。今日は、きっと面白いことがあるよ。」
 正夫は朗かに笑って、また歩きだしました。
 向うの窓のところに、ぼんやり、仄白い霧のなかから、更に仄白いものが、浮出しています。駒井さんの顔です。じっとこちらを見ています。その方に、正夫は馳けだして行きました。



底本:「豊島与志雄著作集 第三巻(小説3[#「3」はローマ数字、1−13−23])」未来社
   1966(昭和41)年8月10日第1刷発行
初出:「改造」
   1938(昭和13)年7月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年5月9日作成
青空文庫作成ファイル:
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