っていた。
平助は、自分の手で開墾された土地が、水に浸され馬に鋤かれ、村の娘達の唄声につれて稲苗が※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]されるのを、にこにこした輝かしい顔付で眺めた。
「地所は旦那のものでも、おいらがそれを拓《ひれ》えたんだ。」
其処に彼と彼の一人息子との、激しい労働と生活とがあった。大地の黒い土が健かであると共に、彼等の力も健かだった。
「だが、こんな仕事つまんねえなあ。」
音吉がそう云い出したのは、村のおたか[#「たか」に傍点]が遠い町の製糸工場へ行ってからだった。
「お前《めえ》、そんなこと云って、旦那にすむと思うか。」と平助は云った。
「それでもね、町せえ行きゃあ、うんと金が儲からあ。おらが町でこれくれえ働きゃあ、お父つあんなざあ寝ててええだ。」
「馬鹿云うねえ。他処せえ行って、稼ぎためて戻って来る者あ一人もありゃしねえ。みんな遊びばかり覚えやがって、極道者になるが定《じょう》じゃねえか。」
平助の頭に殊に深く刻みつけられてるのは、死んだおてつ[#「てつ」に傍点]のことだった。嫁入って間もなく、良人と共に山向うの炭坑へ行
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