くよ考え込むもんじゃねえよ。」
彼等が家へ帰ってゆく頃には、夕暮の薄靄が野の上を蔽うていた。村落のまわりには夕炊《ゆうげ》の煙がたなびいて、西の空は赤く夕映に彩られていた。帰り後れた二三の鳥が、塒《ねぐら》を求めて空を飛んでいた。遠くに牛の鳴く声が長く響いて、そのまま静に日が暮れていった。
そして翌日になると、輝かしい朝日の光を受けて、晴々とした平助の顔と打沈んだ音吉の顔とが、また荒地の上に見出された。
朝の四時頃である。
東の空がほのぼのと白んできて、重く垂れていた靄が静に流れ出した。山蔭や森蔭にはまだ夜の気を湛えながら、爽かな明るみが地平の彼方から覗き出し、それにつれて星の光が薄らぎ、微風が野の上を渡っていった。そしてしっとりと露の下りた草木の葉が、瑞々しい青い匂いを空中に散じていた。
音吉は足早に村を出て、街道を進んでいった。新らしい紺飛白《こんがすり》の単衣に白縮緬の兵児帯を巻きつけ、麦稈帽に駒下駄をはいていた。
彼は東の空を仰ぎ見た。輝き出した黎明の色と消えかかった星の光とを見ると、不安そうに後ろを振返り見た。と西の空には、まだ幾つも星が輝いていた。彼は淋しい笑
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