を育てました。そういう時彼は、顔の左半面を太陽の光に曝しました。その無惨な火傷の跡を、白日のなかに恥じるどころか、寧ろ陽光に焼き焦がそうとしてるかのようでした。
 そういう彼の火傷の跡を、何の憚りもなく好奇心もなく、謂わば無関心にぶしつけに、じっと見つめてくる眼が一つありました。田中正子の眼でした。

 田中正子は、笠井直吉と同じ隣組の中にいました。父は公証人役場に書記をしていて、家事や世事にはひどく冷淡な偏屈人だとのことでした。母はいつも病身でぶらぶらしているとのことでした。終戦の年の末、兄が復員によって朝鮮から帰って来て、或る小さな印刷所の庶務に勤めているとのことでした。それらはみな真実だったでしょう。だが、笠井直吉にはそれはどうでもよいことでしたし、彼等の姿を見かけることもめったにありませんでした。ただ正子にだけ、彼は自然と親しくなってゆきました。配給物のことをはじめ隣組内のいろいろな用事の際、用達しや入浴の途上での出逢いなど、彼女に接することが多かったのです。
 正子はもう三十歳ほどになっていました。へんに肌が白い感じの女で、眼と口とが、実際は普通なのに、少しく大きすぎると思わ
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