に即したものでした。彼女は何度も彼に、あなたの眼は美しいと言い、あなたの髪の毛は柔いと言い、あなたの耳の恰好はりっぱだと言いました。その甘やかすような語調が、彼の心に深く刻まれました。
 然し、今、彼の左半面のその眼や耳や髪は、無惨な姿になっていました。そのぎょろりとした赤目で、じっと見られましたなら、彼女はどうすることでしょう。
 彼は彼女に手紙が書きにくく、打ち案じながら月日を過しました。罹災のことを書くとすれば、どうしても、火傷のことを書かなければなりませんでした。彼にとって真の罹災は、僅かな衣類や道具や書籍のことではなく、直接に肉体上のことでした。而もそれを除外した手紙は、今のところ全く無意味に感ぜられました。
 彼は彼女のこと、遠い木村明子のことを、しきりになつかしく慕わしく想い偲び、胸を切なく痛めながら、もう二人の間は何か大きな運命とも言えるものに距てられた気がしました。その大きな運命とも言えるものの象徴が、彼のぎょろりとした大きな赤目でした。そのために彼はますます孤独になりました。
 ただ一人で、時には淋しい憂苦に浸って、時には白けきった放心状態にあって、彼は耕作地の野菜
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