れるのでした。なにか特殊な表情によるのだったでしょうか。然し彼女の表情は豊かではありませんでした。じっと無表情に自分を抑制してるかと思われるふしさえありました。
初めのうち、彼の方に、彼の顔に、殊に彼の火傷の跡に、ぶしつけに注がれる彼女の視線を、彼は不愉快に思ったものでした。然し馴れるにつれて、その視線に気を留めなくなりました。彼女の視線はただ、どこかへ向けておかなければならないからそこへ向けておく、とそういう性質のもののようで、何かを穿鑿して吸収しようとしてるのとは違っていました。後になると、彼は、自分の大きな赤目やちぢれた耳や耳の後ろの禿げなどを、彼女からじっと見られても、ただ日にあたり風に吹かれるぐらいにしか感じなくなりました。彼女の方でも、日がさし風が吹くような調子で、少しの遠慮もなく彼の火傷の跡に眼をやるのでした。
彼女自身、五体が満足ではなく、少しく跛でした。右の膝関節の屈曲がなめらかでなく、そして右足がちょっと長すぎるか短かすぎるかして、歩調と腰つきに均整がとれませんでした。羽織でもふわりとまとっておれば、それはうっかり見過されるぐらいの程度のものでしたが、それでも、
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