した。今年の豊作らしいこと、いろいろな文化施設が計画されてること、然し田舎の生活はこれからが奮闘を要するらしいこと、そしてつまりすべてに張り合いが出来てきたことなど、こまごまと書かれていました。そのことを考えながら、彼は長い間瞑想に沈んでいましたが、やがて、耕作物の一本一本を丹念に見調べはじめました。
 そのうちにふと、彼は気がつきました。道路のところに突っ立って、こちらをじっと見ている男があり、それが、田中亮助でした。直吉は何か胸にこたえるものがあって、立ち上って待ちました。
 果して、田中亮助は、直吉の方へ真直ぐにやって来ました。
「ちょっと話があるんですが……。」
 躊躇するところなくそう言って、亮助は雑草のところに腰を下しました。
 頭髪を短く刈り襟の服を着てる彼の、そのひどく冷静な態度のなかに、決意めいたものが潜んでいるのを直吉は感じました。
 亮助は言いました。
「妹のことですが、噂は聞かれたでしょうね。」
 曖妹な返事は許されないような調子でした。
「昨夜のことは聞きました。」と直吉は答えました。
「あんなことを妹が仕出来した以上、兄の僕から、君に一言断っておきたいことが
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