した。噂を聞いて、宿酔ぎみの重い頭をかかえましたが、何の判断もつきませんでした。見舞に行くことも、田中家で親しいのは当の正子きりでしたから、遠慮されました。坪谷仁作はもう郵便局に出動していましたし、保子は噂を直吉に伝えたきりで、何の意見もいいませんでした。恐らく何の意見も持たなかったのでしょう。
飲み残しの焼酎を少し飲んで、直吉は自分の耕作地へ出かけました。そこが、最も心安まる場所でありました。
雨あとの地面はしっとりと濡い、空は青く冴え、強い太陽の光が一面に降り注いでいました。へんに蝉の声も少なく、蝶の姿も少なく、ただ静まり返った日でした。
直吉は帽子を投げ捨て、強い陽光の中につっ立って、耕作地を見渡しました。瓦礫や鉄材や雑草の茂みなどに点綴されながら、そしてあちこちの新築バラックに遮られながら、広々とした焼け跡一面に、農作物が勢よく伸びあがっていました。直吉自身の畑地にも、茄子の葉が光り、トマトの実が色づき、胡瓜の蔓が絡みあい、菜っ葉が盛り上り、薩摩芋の根本の土がひびわれていました。
彼は頭を振って雑念を払い落そうとしました。そして、田舎の兄から来た手紙のことに考えを向けま
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