ました。坪谷の妻の保子が気を利かして、ちょっとした酒の肴も拵えておいてくれました。
酔ってくると、直吉の顔は赤くなると共に、その火傷した半面が光沢を浮き出させ、あかんべえの眼が細工物のように見えました。その顔を彼は伏せがちに、電灯の光りを避けるようにして、ともすればなにか考えこむのでした。
坪谷はいたわるように言いました。
「もう諦めるんだね。東京と福井とじゃあ、どうにもならんよ。」
木村明子のことを彼は言ってるのでした。直吉は顔を挙げて、淋しい微笑を浮べました。
「それはもう、諦めてるよ。とうとう、手紙の返事も書かなかった。」
「いっそ、何にも書かない方が、さっぱりしていいだろう。」
「然し、なんとか、最後に一度は書くつもりだ。」
「それも、やめた方がよかろうよ。なんだな、手紙ってものは、一種の気合だからね。気合ぬけがしちゃあ、もうだめだよ。」
それから坪谷の持論として、手紙のやりとりは気合でゆくべきものだとの話になりました。この場合、気合には最も時間が大切なものとなるので、書きそびれた手紙はいっそ書かない方がよいというのです。ついては、この頃のように手紙の送達が後れるようで
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