、床の間にはやはり呉竹の軸が掛っており、上の落掛は白々と柾目を見せていた。その平素通りな有様が、却て妙に心をそそって、私は頭から布団を被ってしまった。長く寝つかれなくて、布団の中で幾度も寝返りをした。
 翌朝遅く、朝日の光がぱっとさしてる頃に、私は眼を覚して起上った。夢のことはもう遠くへ置き忘れて、平気で朝食を済してから、晴々とした日の光がさしてるうちにと思って、気の向く方へ出歩いてみた。一寸球を突いて、午後は賑やかな大通を歩き廻り、帰りに友人の家へ寄って碁を始め、夕食の馳走にまでなったが、帰り途のことが気になり出して、まだ暮れて間もない慌しい街路を、怪しい幽気にも出逢わず、無事に下宿の室まで帰ってきた。そこでほっとして煙草を吹かしたが、私は飛び上らんばかりに驚いた。
 煙草の煙がふうわりと立昇って、ゆらゆらと消えてゆくあたりに、あるかなきかの濛気が、人の姿となって、床の間の落掛から下っている。びっくりして見上げるはずみに、昨夜の夢をまざまざと思い起した。そして気がついてみると、自分の倚ってる机も火鉢の火箸も、夢の中の机や火鉢とそっくり同じものだった。ただ麻縄がないだけだったが、それも
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