らぼんやり下っている。見ると何にも眼にはつかない。
そういうことを繰返してるうちに、私は妙に自分の室へも落付くことが出来なくなった。その上怪しい夢をみた。――形態の知れぬ物象が入り乱れた中から、次第に一の姿がはっきり浮び出してきた。頭髪の有様も顔も表情も着物の縞柄も、何一つはっきり見分けられはしなかったが、明かにそれは一人の若い学生だった。床の間の上に机を置き、その上に乗り背伸びをして、落掛の上の所の壁に、鉄の火箸でぐりぐりと穴をあけている。変なことをする奴だなと思って見てると、彼はやがて指先くらいの大きさの穴をあけてしまい、何処から取出してきたか、二尺余りの麻縄を穴に通し、落掛のすぐ下で輪に結び、その中に首を差入れた。危い! と思う途端に、彼はぽんと机を蹴飛ばして、そこにぶらりと下ってしまった。びくりとも動かないで、死骸になって吊されている。それが不思議にも私自身だった。いや俺じゃあないと思いながらも、やはり私自身だった。しまった! と声に出たかどうか知らないが、力限りに叫ぶ拍子に、私はふっと眼を覚した。見廻すと、覆いをした電燈の薄暗い光に照されてる室は、いつもの室と何の変りもなく
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